近年、大半の商品寿命は大変短くなってきている。それに比べれば、60年代に出現した在庫管理・制御システムに端を発する統合基幹業務 (ERP) システムの歴史は長いと言える。40年に及ぶ開発を経て、ERPシステムはアプリケーションによる収益が米300億ドルを超え (2007年AMR Research社による)、業界内のあらゆるところで機能し、経済環境のすべての要素を網羅する産業にまで発展した。
3種類のプレーヤーによるゲーム
ERPエコシステムは、ソフトウェアベンダー、コンサルティング業者(コンサルティング会社、フリーのコンサルタントを含む)、システムを最終的に使用する企業(=以下エンドユーザーとする)の主要3グループで構成されている。これらの3グループは、ERPシステム導入をゴールとするゲームの中で、企業の業務実績の改善、という共通の目標を達成するために密接に連携して作業を行う。
ベンダーは、ソフトウェア技術を提供する主要プレーヤーである。ソフトウェア (開発方法論、システム設計、プログラミング、検証、その他ソフトウェアパッケージの導入に必要な作業) がなければ、エンドユーザーは独自に最初からシステム構築を行わなければならないが、これにはさらに多くの費用がかかる。
エンドユーザーは、いわばエコシステム全体の財源である。このグループなしでは、ERP産業は存在しなかったはずだ。
コンサルティング業者は、2グループ (ベンダーとエンドユーザー) の橋渡しを行う。コンサルティング業者は作業分担の結果誕生したとも言える。従って、各グループは得意分野を受け持ち、全力を尽くすことができる。
この3グループのゲームを短期的あるいはひとつのケース規模で考えると、1グループ、または2グループのみがゲームに勝ち、負けたグループがその犠牲となることもあり得る。例えば、ベンダー側は収益を上げたものの、システムがうまく稼動しない場合がある。しかし、長期的に見ると、このゲームで3グループすべてが各々に値する勝利を得たと言える。
「全グループの勝利」を達成させる秘訣
ERPシステム導入に成功するための要因を論じた記事は既に数多くあるので、ここでは異なる観点から成功の秘訣を探ってみたい。ERPエコシステム内の3グループに接し、各グループにとり必要不可欠な、この業界で成功するためのファクターについて考えてみた。ベンダーにとって最も重要な要素は、システム開発能力、業界主導権、ERP食物連鎖のバランス保持能力である。コンサルティング業者においては、知識資本、人材資本、創造力、エンドユーザーにとっては経済的余裕、中立性、そして社内に専門家を確保することが必須であると言える。
ベンダーの成功要因
1) システム開発能力
開発能力は、技術面とビジネス面の2つに分けることができる。まず最初に、ベンダーはアプリケーション・システム開発者としての十分な技術を備え持っている必要がある。一般に、商業用ソフトウェアパッケージに含まれるすべての技術を熟知していなければならない。急速に発展するIT業界においては、常に最新技術を駆使し仕事をしなければならないのが現状である。例えば、SAP R2からR3、そしてmySAPへの進化は、情報システム構築の改善とともに発展している。
次に、ERPソフトの価値は業務実績の改善をサポートするところにあるため、業務面での開発能力も必須である。模範例としては、業界レベルでのソリューションやベストプラクティスを構築、ユーザーの業務を熟知し密接な関係を保つために特定の割合で社員を社内コンサルティングチームとして確保、実際のビジネスニーズに合った業務プロセスに沿って開発できる業界の専門家グループを確保、することなどがある。
2) 業界主導権
あらゆる企業の用途に合ったソフトウェアを開発するには、莫大な資金を要するが、それを十分に持つ業界大手はごくわずかである。ここ数年のERPシステム業界における企業の合併・買収は、マーケット・シェア獲得の競争によるものがほとんどであろう。大企業のERPシステム導入が定着した現在、主なERPシステムベンダーは2つの主要な観点から市場を制覇しようとしている。ひとつは、さまざまな関連アプリケーション分野に対応できるよう、製品範囲を広げることである。これには、顧客関係管理 (CRM)、サプライチェーン管理 (SCM)、製品ライフサイクル管理 (PLM)などがある。もうひとつは、あらゆる種類の製品を提供し小規模企業でも通用する顧客ベースの範囲を広げることである。
主なERP開発者の技術面における主導権を維持するよう、ERPシステム開発スタッフを社内に確保するだけでなく、主要な大学や研究機関と協力することでERP食物連鎖の上層部とコネを持つことは非常に有益なアプローチである。もうひとつのアプローチとしては、新しい概念や製品を生み出す、あるいは小規模ではあるが革新的事業を進めている企業を買収することである。
3) ERP食物連鎖のバランス保持能力
ERPエコシステムの調和を維持することは、3グループの責任であるが、食物連鎖の健康維持はほとんどベンダーの役目である。ERPのベンダーは、知識と利益を提供することで、各グループが絶えず公平に収益を得ていることを確認する必要がある。
主要なERPベンダーは知識ネットワークを作り上げることに成功している。コンサルティング業者やユーザーに知識を提供することは、製品の販売前からアフターサービスの段階までERPプロジェクトのあらゆる段階で起こりうる。また、ベンダーの研修や認可プログラムは、質の高い有益な知識をユーザーに伝える理想的な手段である。ベンダーの中には、開発者、コンサルタント、顧客をサポートするために広範囲にわたる知識リポジトリやコミュニティを構築しているものもある。価格決定方針、パートナーシップ・プログラム、マーケティング活動などにちょっとした工夫を凝らすことで、バランスよく皆に収益がある状態を維持することができる。
コンサルティング業者の成功要因
1) 知識資本
最近、様々な大手コンサルティング会社は、業務を効果的かつ効率的に進めるために大規模な知識資産を構築している。これらの会社はどこも効果的なコンサルティング方法論を持っており、この業界での成功要因と見なされている。Deloitte社の価値を動因とするアプローチ (Value-Driven Approach) やCapgemini社のビジネス協同経験アプローチ (Collaborative Business Experience) などがその例である。
このようなコンサルティング方法論は、3つの要素で構成されている。1つ目はコンサルティングの一般的な方法論やそのモデル、ツールである。これらにより、コンサルタントは必要とされるモデルやシステム導入計画を正確かつ素早く作成することができる。2つ目は、顧客のビジネスをよりよく理解するのに役立つ業界知識である。3つ目は、プロジェクトのリスクを軽減し、サービス実行予定日を遵守するプロジェクト管理である。
2) 人材資本
コンサルティングは人材資本の開発を最も必要とする数少ない業界の一つだろう。大手コンサルティング会社がどれだけ力をいれて、能力ある人材を獲得し、社員の能力を伸ばす研修プログラムを提供しているかは容易に想像できる。
コンサルティング会社の中には、社員の人材開発に熱心なところもある。Accenture社は、2007年に『Return on Learning』というタイトルの本を出版した。この本には、同社が新世代の社員の学習欲を高めるために使用した方法(受賞研究、学習への投資の見返りなど)について説明されている。同社のホームページの「研修、人材開発」には、「Accenture社の教育は、入社した日から始まります。学び、成長し、自己構築する日々の積み重ねにより、常に新しいことに対応できるよう準備をすることをモットーとしています」とある。いうまでもなく、競争が激しい職場自体、あらゆることを学ぶには最適の環境だと言える。
3) 創造力
素早い変化にどのように対応できるかは、ITが重要なカギを握っている。今日のビジネス環境では、設定済みのベストプラクティスと関連したERPシステムを導入するだけでは、業務改善は期待できても、競争力をつけることはほとんどできない。コンサルティング会社の価値は、定期的なプロジェクトを計画、実行することのみにより評価されるべきではないだろう。従来にない、よりよいビジネス方法を提案し、これをサポートするERPシステムを導入できるか否かが、コンサルティング会社の優劣を決定する重要なポイントとなる。
初めてあるグローバル規模で事業展開するコンサルティング会社のトロント支社を訪問したときに感じた、まるで幼稚園を思わせるかのような社内の雰囲気は、思い描いていたコンサルティング会社のイメージとは一致せず、戸惑ったものだ。しかし、後にブレーンストーミング・セッションに参加し、この雰囲気こそが自由で画期的な発想を生み出す土壌となっていたことに気付かされたのである。
エンドユーザーの成功要因
1) 社内に専門家を確保
エンドユーザーが、業務プロセスを重要視し過ぎ、IT面の重要性を見落としていることが多々ある。コンサルタント会社の中にはERPシステムの構築をサポートするところもあるが、それもすべてがそうではないので、エンドユーザー側はただ技術を受け入れるだけでは十分とは言えない。
プロジェクト管理、情報の統合、その他の技術的な面での対応ができる専門家が社内にいれば、ERPシステム導入をよりよくコントロールでき、リスクを軽減することができる。GSK Canada社のERPプロジェクトリーダーであるDiane Connolly氏に話を伺う機会があったのだが、同氏は「システム統合の経験が各事業体のプロジェクト目標の達成に役立っただけでなく、企業全体にわたるERPシステム導入の助けとなる貴重なものであることがわかった」と言う。
2) 経済的余裕
ERPシステム導入には主に2種類の投資が必要である。ソフトウェアライセンス費、及び導入サービス費である。プロジェクトの範囲と規模が決まり、ソフトウェアのベンダーが選ばれると、ライセンスへの投資額はだいたい予測できるのだが、導入サービスに対する投資額は定まらない (コンサルティング費はライセンス費と比べて変わりやすいため)。システム導入の途中で予期しなかった問題や変更があるために、ERP導入プロジェクトが初期予算を上回ることは珍しくない。計画通りに事が運んでいないことに気付くやいなや、エンドユーザーは効果的な緊急処置対策を取るべきである。
エンドユーザーに経済的余裕が必要なもう一つの理由は、次のような場合が考えられるからである: 1) 業務を休止する期間が必要になる、2) 一時期、システム導入以前より業績が下がる。これら2つの理由により、エンドユーザーは余裕をみて予算を組む必要がある。
3) 中立性
ERPシステムへの投資の見返りを最大限にするためにエンドユーザーがベンダーやコンサルティング業者と戦略的な相互関係を結ぶことも必要である。しかし、グループ間の関係が密接になりすぎないようにすることも重要である。
ERPシステムがいったん導入されると、少なくとも数年間は使用可能であるとされている。供給側の合併、買収、事業の縮小、プロジェクトの中断あるいは製品発売中止、価格/サービス方針の変更などは、導入中・済みのERPプロジェクトに影響を与えるだろう。エンドユーザーは製品やサービス・プロバイダーの選択により起こりうるリスクを軽減するため、IT管理方針を開発する必要がある。これにより、エンドユーザーは主要な技術動向にもっと注目し、ベンダーやコンサルティング会社にできるだけ依存しない (中立性を保つ) ことが必要である。
グループ内での人材移動
ERPエコシステムの興味深いところは、3グループは互いに異なり、違いも明確であるが、別のグループに転職することはあまり問題とされていない。システム導入企業にいた人が社内でのERPシステム導入プロジェクトで十分に経験を積んだ後、コンサルティング会社に転職することがある。ベテランのERPコンサルタントが最高情報責任者 (CIO) としてユーザー企業に迎え入れられることもある。コンサルタントは、企業に雇われる場合と単独で事業を行う場合の二つの選択肢がある。また、ベンダーとコンサルティング会社の両方の事業を掛け持ちすることも珍しくはない。
このようなグループ間での移動の柔軟性には、いくつかの利点がある。まず第一に業界内での移動により情報交換や知識の伝承がうまく行われ、ERP業界全体にとって有益である、ということである。また、各グループで必要とされる特定のニーズに応じた人材バンクが更に大きくなる。異なるグループに転職するたびに、キャリアアップの可能性が広がるとも言える。
ERPシステムの商品化、及び外部からの脅威
『IT Doesn’t Matter』という有名な記事の中で著者Nicholas G. Carrは、ビジネスにおける情報技術の発展を分析し、そのパターンは鉄道や電力技術の発展と驚くほど似ている、と述べている。ITは商品化され、企業にとって必須なものとなりつつある。ERPシステムもその例外でない。十年ほど前には、SAPの知識が少ししかなくてもERPコンサルタントの事業を始める妨げにはならなかったが、最近ではかなりの知識が必要とされるようになっている。ERPシステムの大量導入により、ERPシステムはビジネスには欠かせないものとなり、専門家だけがERPシステムの知識に精通している時代ではなくなっている。
ITの商品化や業務プロセスの標準化が浸透したことにより、何か新しい要素が加わらないことには、ERPシステムの繁栄継続は難しいかもしれない。ビジネス・インテリジェンス (BI) の浸透は、近年ERPシステムの需要が高まっていることの一例と言える。一般に、ITを利用して業務や業績を改善し続けることができる限り、ERPエコシステムは存在し続けるであろう。しかし、製品には寿命があるように、商品化が進んでいるERPシステムが成熟期に達していることは念頭においておくべきだろう。
外部からの影響も、従来のERP業務モデルに対する脅威となっている。オープンソースのERPアプリケーションがそのうちの一つだ。ComPiere社やOpenbravo社などの開発者の出現は、ライセンス費徴収による収益に期待できる時代は終わった恐れがある、ということを象徴している。この新しい業務形態はERPエコシステムの技術ソースに重大な影響を与えるかもしれない。
もう一つの脅威は、ウェブアプリケーションの発達によるものである。業務プロセスの標準化が進むと、ブラウザのアプリケーションでより技術的で高度な分野まで機能することができるようになる。例えば、元オラクル社の重役Marc Benioff氏が1999年に設立したSalesForce.com社 (オンデマンドのCRMソリューション・べンダー) は、2004年6月にニューヨーク証券取引所 (NYSE) に株式公開を行った。同社サイトによると、同社サービスは15ヶ国語に訳され、4万3千6百人の顧客、百万人の登録者がいるようだ。このようなウェブアプリケーション・モデルで、コンサルティング業者はどこまでが関与できるかは不明である。
上記に述べた課題に直面しているERPのエコシステムは、変化を遂げるかもしれない。現在のような動向が続けば、ベンダー、コンサルティング業者のいずれかに驚くべき結末が来るかもしれないし、グループ間での衝突もあり得る。
終わりに
ERPエコシステムは、エンドユーザーにとって有益だった。エコシステム内の食物連鎖が利潤をもたらしたことで、その効力は立証されている。しかし、このエコシステムの存続の脅威となりえる内的、及び外的要因も存在する。耐久性のあるエコシステムを維持するには、全グループが協力し合ってERP業界を新しい水準にまで引き上げる必要がある。